虎になる夢を見る

脳内と音楽の話

牛歩しかできない。ジェット機になれない。それでも歩いて明日を迎えに

全然日記を更新していなくて、これを読んでくれてる友達と電話した時に更新しなよって言われた。言われてから今日までも結構な日が経ってる。前半が転職の話で、後半が好きな人の話をしようかな。

 

3月に書いた日記に「就ける仕事なんて無いんじゃないか、あってもまたしょーもない企業なんじゃないか、私の人生に生産性なんて無いんじゃないか、」とか書いたんだけど、少なくとも就ける仕事はあった。内定がでた。こんなに時間がかかっちゃったけど、あった。

私は基本的に自信がなさすぎて、そのくせプライドが高くて、だからこそ言葉に責任を持つのが怖くて面接で自分を売り込むのが本当に下手だったから書類はまぁまぁ通るのに面接が壊滅的だった。営業をしてたのに、と言われたこともあるけど、営業として売るのはサービスや自社の技術で、そこに自分の感情は関係ないから面接とは全く違う脳と精神を使うな、とおもう。

 

1年近く無職を続けて、いいことも悪いこともあったし、まぁ悪いことの筆頭と言えば貯金がありえないくらい減って、減って減って減ったこと。

私の前職は本当にありえない会社だったのでそこではほとんど貯金はできてなくて、パパが死んじゃったことで手に入ったお金のお陰で生きていけたので親不孝な子どもですみませんという気持ちと、もしパパがいきてたらこの選択を私はとれたのかなという気持ちがある。

まぁ、考えても仕方のないことだけどさ。

 

もう抗鬱なんか飲まなくていい仕事がしたいけど、営業という仕事が向いてなくてああなっていたのか、パワハラワンマン会社のせいでああなっていたのか、そもそも私の性質が働くことに向いてなさすぎてああなっていたのか、いまいち確証を持てないからこまる。

営業ではなくなって、きっと次の会社は、すくなくともワンマンではなさそうではあるから、私の性質が原因じゃないことを祈るしかできない。

私の性質が原因だったらどうしよう、歳をとって諦めることには慣れたけど、自分の足りなさを目の当たりにして認めるのはまだ慣れないから、凹むんだと思う。まぁ、そうなったらまたここに書いて昇華したらいいのかな。

言葉があってよかったって思う。別に自分が言葉を使うのが上手だとは微塵も思わないけど、上手くはないけど考えてる形のないことになんとなくでも輪郭をつけられてよかった。

 

3月の日記にもう一つ書いたこと、「好きな人は前ほど私のこと好きじゃないんじゃないか、」。これは本当にそうだった。

4月になって、好きな人にこれからも一緒にいるのは難しいかもしれないって言われた。好きな人の誕生日の一週間くらい前の話。私は毎年誕生時に手紙を書いてて、それに「(好きな人)といると張りもでるし一緒にいるときの自分も好きになれて自信が持てるようになったよ」みたいなことを書こうと思ってた、けど、それは私だけで向こうにとって私は重荷になっていたらしい。自分の浅はかさと視野の狭さが恥ずかしい。

4月にそんな事を言われたけど、9月になったいま、結局別れたのかと言われるとそんなことはない。何だそれみたいな話だ。マジでもう無理限界みたいな言い方されたのに、9月になっても、なぜ?相手にとって私の弱さは負担だけど、未来は見えないけど、でも楽しいところもあって、どうしたいかわからないって言われて距離を置いている。距離を置いている割に月に一回くらいご飯を食べに行っている、全部なんだそれだ。

私は好きな人のことがすきだから会えたら嬉しくなっちゃって、結局好きだなとか思っちゃって、最初、考えたら涙が出るくらいすきだから付き合ってっていったんだけど、未だにすきで涙がでそうになったりする。重すぎる。こういうところも嫌だったのかな。いやだな。ごめんなさい。

この人との関係も私がもう一回仕事を始めたらいい方向か悪い方向か清算しようということになってる、もうすこしだ。こわいね。

 

友達とかにどんなところがすきなのって聞かれる。好きな人は結構正論パンチだし、私みたいに感情で生きてないから、話をする友達にモラハラ気味じゃない?みたいに言われるけど私は全然そうは思わなくて、変だし不器用だけど優しいし、顔がすきだし、すごくおもしろいし、そういうところが全部好きだけど、なんかそういうのを言葉にするのって難しい。

自分は食べないくせにいつも家の冷蔵庫にクリームチーズを買っておいてくれるのとか、私が不安で寝れなかった日に腕の中でWikipediaの、なんだかよくわからない難しいページを私が寝るまで音読してくれたのってめちゃくちゃ愛だよなと思ってて、でもそういうのって言葉にするの難しいし恥ずかしい。こういう思い出を忘れたくなくて、でもたぶん私は忘れちゃうからここに書いた。

 

なんか、いろいろ人生の岐路すぎる。30歳ってこうなんだ。

夜って寂しすぎる

さみしい時ってのうみそごお腹空いてると勘違いしてなんだかお腹空いてる気がしてきて、でもそういうときになにか食べても何一つ満足できることなんてないからなにも食べない。なにも食べない、という選択をできるようになるまでこんなに長い時間がかかった。

8年前くらいの私は、さみしいとお腹空いてるが区別できなくて食べ物を詰めて詰めて吐いてその疲労感で寝たりしてたけど、まぁ、そんなのに意味はないことがここ2.3年くらいでやっとわかってきた。

 

というか普通に仕事してないからすきなだけ朝寝られてその分夜起きてられるから夜ふかししちゃってこんなこと思うんだよね、働いてたときは24時前には寝てたから。

無職が全部悪いです。たすけてね。(たすけなくていいです)

 

なんか、さみしいときにさみしいと伝える相手がいないことがさみしいな

甘えるな!と怒られそうだけど(だれに?)さみしいって伝えるだけで消化されて昇華される感情はたしかにあるので、それを伝える相手がいなくて自分の中でだけで燻ってて、それが余計にさみしいよね。

なんか戯れに冷蔵庫にあったお酒を飲んだんだけどなにも意味はなかったです。というか、アルコールに弱いから普通に頭痛に襲われています。意味ないというか、0よりマイナス。アルコールも酩酊も意味ない、意味のないカロリーを取るな。まぁもう冷蔵庫にお酒はないので大丈夫です。

 

いつまで子供みたいなこと言ってるんだろうな、情けない。昔友達が誕生日にくれたキャンドルを焚いて、好きな音楽を聴いて、スマホを閉じます。それしかこの感情の隙間を埋める方法が出てこない。

おやすみなさい。

いちごとかホタルイカとかふきのとう。嬉しいだらけの花が散ってく

3月、順調に気が狂っていた。
昔の私は、春になるとおかしい人が増えるみたいな言説の意味がわからなかった。
気温が上がっていくのも、日が伸びるのも、好きな旬の食べ物が売られるのも、春霞で遠くがぼんやり見えるのも、全部嬉しかった。いや、今も嬉しいんだけど、春のそういうところは大好きだけど、でも3月は毎度気が狂っている。
昔、友達が年度が変わって生活が新しくなるのが急かされてるみたいで苦手とか新しいことを始めなきゃいけない気がしてそわそわするとか言っていて、その時は呑気すぎて全然わかんないな〜と思っていたけど、3月末に年度末も誕生日も控えている私は、無職で転職活動もいまいち上手くいっていない私は、今のことで精一杯な私は、パニック発作が復活して電車に乗れない日がある私は、やっとその気持ちがわかった。

就ける仕事なんて無いんじゃないか、あってもまたしょーもない企業なんじゃないか、私の人生に生産性なんて無いんじゃないか、好きな人は前ほど私のこと好きじゃないんじゃないか、とか、いろいろなことがぐるぐるして、一ヶ月を通して生きていてもしょうがないことはきっとないけど、生きててもしょうがないのかな〜霞になって消えたいよ〜誰の記憶にも残りたくないよ〜とメソメソしていた。
さらにコロナにぶちかかったため心身ともに弱ってそれが加速した。(本題には関係ないけどコロナ3年で3回かかってるの意味わからないですよね)

仕事がしたいというか、今の自分は世の中にとって意味のない生き物だから、ずっとそれでいるのが苦しくて定職に就きたいと思ってるのかな。あと普通にお金ないし。やばいよね、30にもなってお金ないっていうのマジで恥ずかしいことだと思います。
世の中の歯車の一つになって自分のいる価値を感じたい。仕事なんて誰にでもできることだし自分の代替品なんて存在するのはわかるけど、でもそこにすら組み込まれないと結構、折れるよ。

 

一人が好きなくせに一人では生きていけないし、寂しがりのくせに人と一緒にいると面倒くさくなる。

自分が何に対してこんなに不安なのかも、なんでこんなに息苦しいのかもわからない。世の中の人も結構楽しそうに過ごしているだけで、苦しいものを抱えていると思うし、私だけが苦しいとかそんなことは全く思っていない。
なんか日記をわざわざインターネットの海に放流していると、悲劇のヒロイン気取りだとか自分だけが辛いと思っていそうだとか、そう言うことを思われるんじゃないかなと勝手に思っている。けど別にそんなことはなくて、人には人の地獄だと言うことはわかっている。悲しいことに一生不幸な人はいるけど、一生幸福だけの人はいない。不幸の度合いや方向性はそれぞれ違うって言うだけ。
なんでわざわざインターネットに感情を放流しているのかわからない。わからないけど、日記帳とか続かない人間だから(まぁこの日記も続いているかと言えば微妙なところだし)感情をどこかに書き留めておきたくて、こんなことを続けてるんだろうねきっと。

 

季節が変わったからといって自分まで変わらなきゃいけない必要はないんだけど、暖かくなる気候は全く私を責め立ててなんかいないんだけど、でもそわそわしちゃうね。来年の春はもう少し穏やかに迎えたいよ。

通知表、平均以下だし夕飯に使うじゃがいも、芽が生えてるし

2026年になって寝て起きてをなんないか繰り返したら30歳になる。

30歳、ヤバすぎる。(こんな言い方をしたら30歳以上の皆様に悪いが)中年に片足を突っ込むみたいな気持ち。

なんか高校を卒業するときも何かがなくなっちゃう、みたいな気持ちになってたけどそれより深刻度が高い気がする。高校卒業してなくなる女子高生ブランド(のようなもの)だって、大したものじゃなかったから10年とか経ったら何も思わないかもしれないけど、今の私はかなり、暗澹たるおもいです。

(すごく余談だけど、高校は私服だったしカーストが高いわけでもなかったしブスだったので私の女子高生ブランドなんてマジで大したことはなかった)

 

昔思い浮かべてた30歳と全然違う、無職未婚(予定なし)貯金少、笑おうにも乾いた笑いしか出ないくらいヤバいのはわかる。

助けてください、と打ったけど全部自分のまいた種、というか種を蒔かなかったツケというか、自業自得でしかないので誰かに助けを求めるのは間違っていて自分でどうにかするしかないんだよ。

 

結婚願望はあんまり無くて、うーん結婚か〜皆してるよね〜みたいに思ってたけど、今付き合っている人のことが好きすぎて、ずっと一緒にいる術として結婚がしたすぎる。けどまぁ、相手はあんまり…らしい。私が全てにおいて雑すぎるから。蒔いてますね、種を。

誰でもいいから結婚したい!のほうがまだどうにかなった気がするけどこの人と結婚したい!でも相手はう〜ん…ってかなりどうにもならなくて難しい。

私がちゃんとしたらいいのはそうなんだけど精神疾患ADHD気味ですね〜と言われたあれが一因を担ってるのが難しいところです。精神疾患や発達に関してを言い訳に使うなと怒られちゃうかも、誰に?

まぁ、これは私だけではどうにもならないので、なんか、どうにかなったらいいですね。

あと普通にクリスマス〜年末でいろんな人のストーリーが家族♫って感じすぎるから食らってるのかもしれないですね。日常になったら違う感情になるのかな。

 

あと転職活動、ね、難しいですね。社会に出て8年間ずっと営業職しかしてなくて、(ここからは言い訳かもしれない)向いてなさすぎてへとへとになって帰ってきて勉強とかも全然できなかったから私には何もなさすぎる。

言い訳かもしれないって保険かけたけど普通に言い訳でした。忙しい中も頑張って勉強したりジムに通ったりしている人は大勢いるので、私の怠惰です。また蒔いてますわ。

でも、なんか、前は大焦りして選んでヤバ会社に入ってしまったので、今回は少し時間かけてでもちゃんとしたいなと思います。いつから自分が選ぶ側だと錯覚していた?となりそうですね。出来ることなさすぎて。頑張ります、年明けからは面接とかある。

 

やっぱり全部自業自得ですね、人生設計下手すぎて呆れちゃうね。泥を打てば面に跳ねるとかいうけど泥を打ってないとかじゃなくてどこからも動けなすぎて面が汚れない代わりにどこにも行けない。

2026は行動の年にしたい、というかしなくちゃな。

なんかデカい神社とか行きたいです。(スピ?)(30近い女性はスピに目覚めがちみたいなこというけど本当なのかも)

 

あとマジで私が種蒔いた蒔いてない関係なく、実家の母が反ワクになっててこれもかなり暗澹としてる。

こればっかりは誰か助けてくれ。私はどうにもできない。

冷えた腕、4月のざわめき、揺れる目。溶けた私を花で包んで。

君島大空合奏形態のライブに行った
前見たのは新木場スタジオコーストだったな、と思って新木場に思いを馳せたりしていた。あさ。

定時退勤できる、と思ったのがフラグで、17:56にかかってきてた電話に振り回されて開演に間に合わなかった。かなしい。フロアもパンパンで、満員電車に乗るときみたいに体をぎゅっとむりやりドアから詰め込んでフロアに入った。周りの人には申し訳ないが…。

開演に間に合わなかったと言っても10分くらいで、でも2時間近くのライブの間、私は割と自分より大きい人たちに囲まれてしまって、人のあたまと天井とミラーボールでキラキラになる壁ばっかり見ていた。
たまに人の隙間からステージがみえて、なんとなくのシルエットとか、ペグがきらきら光っているのとかをぼんやり眺めていた。目が悪いのにメガネを会社においてきちゃったから、立ち位置的に君島大空だけど、違う可能性もゼロではない。

目を瞑っていると、起きていても目を瞑っていた間に起こったことは夢みたいな感覚になる。
だからあんまりどこ見ても暗くて、目があいてるんだか瞑ってるんだか、いやあいてるんだけどさ、みたいな状況だった今日のライブはあとから思い返したら夢の中みたいに思えるのかな。
ライブハウスで逆光になった人間がひとかたまりの黒になっているのがなんとなく、前から好きだった。きょうはそれがすごく濃くて、かなりひとかたまりで、このかたまりは全部全身で音楽を聴いてるんだなぁと思ったりしてた。全部の黒いかたまりが今日この人たちの音楽を聴くためだけにここに来てるって、普通にすごい愛だよな〜みたいなこともよぎった。
私はちゃんと音楽聴きなよ。

上に書いたみたいにあんまりステージとかが見えたわけじゃないから、ライブはすごく良かったけど、本当にすごくすごく素敵だったけど、それはそうとしてあんまり当事者感(?)が薄かった。1枚隔ててみているみたいな感覚。
でもたまにレーザーが私の目に直撃したり、ミラーボールのきらきらが私の表面を撫でたりする瞬間に、私もちゃんとここにいるんだな〜と思えて、少し嬉しかった。

結局満員電車くらい混んでたアレで軟弱なわたしはへとへとりになってしまってアンコールまでは居られなかったんだけど、ずっと全部綺麗で繊細で優しくて、今日君島大空の音楽が聴けて本当に良かったと思ったよ。

Loverが本当によくて、気付いたら泣いちゃった。
"ふたりは溶けて 甘い季節に居て
それでも憂いをずっと 抱きしめている
くだらない僕を駄目だよって 叱ってよ
そのまま離さないでよ"

あとやっぱりDeath Metal Cheese Cakeだいすき!

 

花嵐、春に祝福。されるはず あれれ私に氷柱が刺さる!

噴火しそうなくらい嫌なことがあったときに、殺すぞと思わないで死にて〜と思うのって、どうしょうもないくらい自分の弱さだと思う。明らかに相手が悪くても、死にて〜が先に来てしまう。ここで消えたほうが早いな、と思う。諦めがいいのはかなりの私の美点で、おんなじくらいよくないところ。

反骨精神みたいなものが本当に全然なくて、だから人生に張り合いもない。日々がぬるりと過ぎてる。はやすぎ。

 

全ての人間に優しくいたい、全ての人間に感謝してたい、もっと乱暴に言っちゃえば全ての人間に希釈した愛を振りまきたいのに、それができなくなってる。体たらくである。

2月の真ん中に後輩ができた。一回り以上年上で営業経験ありと言われてた人。10時からのアポって10時着だとまずいですか?ときいてきたり、スニーカーで訪問に行こうとしたりするひと。悪口みたいになってしまって、というか実際悪口なのかもしれないけど、これは一握りの話で、言いたいこともあんまり伝わらなくて、言ったことはメモしてないのに言ってない勝手な解釈(間違ってる)はメモしてあったりして、なんだか、毎日へとへとになってる。

会社だとご機嫌でいたいから色んな人にヘラヘラ笑顔で対応してたいのに、後輩のあまりの話の伝わらなさに語気が強くなってしまうことがあって、そのたびにまぁまぁな自己嫌悪になる。人に優しくご機嫌でいたいのによくない、よくないことはわかる。怒りたくなんかない。

 

上司と私とその後輩の3人の部署で、上司と後輩は相性がすごく悪くてすぐ喧嘩するからわたしが間に入って、緩衝材ごっこをしてて、両方から八つ当たりじみた態度を取られることもあって、そのたびに死にて〜と思う。

仮に私がいま会社を飛んだとして、電車に飛び込んだとして、二人とも自分のせいだとは絶対に思わない事が目に見えててわらえる。八つ当たりじみた態度を取られるの嫌だから、自分がそうなるの嫌だから、そんな当てつけみたいなことしないけどさ。絶対。

 

3月、去年は首を上手に吊れなくて今年は毎晩泣いてる。春の始まりと精神の相性があんまり良くないのかもしれない。歳を重ねました。

 

眠りたいのにすぐ明日が来るのが嫌で布団に入らずにいる。

泣きたくないのに涙が止まらなくなる。

 

会社に行きたくないのに今日も電車に乗ってる。今日も笑顔で対応してる。

死にたいのに晩ごはんの食材を買っている。

日常は続くし、続ける努力をしてる。する。

 

 

 

と、ほんのり頑張るぞ感のある日記を書いてタイトルどうしようかな〜と思った次の日、来期の給料が伝えられて、なんと、1円も給料があがらないらしく、本当に気が狂ってしまいました。

去年よりも評価の点数はいいのに、私が時短だから昇給しないらしいです。ちなみに主婦の時短の人はします。メンタルで時短だとしないらしいです。意味わからなすぎる。

勤務態度が悪かったり、頑張っているというのは思い込みで去年より評価が悪かったとしたらわかるんです。そうじゃないのに、他者から見ても私は努力してるのに、それは点数で表れてるのに、給料が上がらなかったこと、意味わかりますか?私はわかりません。

 

時短にする時に昇給とかの評価には響かないって言われたのに騙されちゃいました。死にたすぎる。

他者からの評価でしか自分の立ち位置がわからないのに、ただの(といったらおかしいけど)点数では評価されてるのに、評価の証明(と私は思ってる)給料が全く変わらないというのは、かなり本当にマジで心底心から死にたくなりました。

上司くんにこんなに評価されてるから元気になれば絶対給料上がるから、って言われたけど、こんな環境で、状況で、元気になれるわけねーだろ。ギャグかよ。

 

絶対に会社の人間全員に迷惑かけて辞めます。決めました。人に迷惑をかけない、と今までの人生をやってきた私の大決心です、応援お願いします。

最悪死んだとしても大迷惑がかけられるのでラッキー

 

きらきらと新しい朝 31,000回のおやすみ。遠く長い昼。

6月から飲み始めた薬があってたのか割とずっと元気だったんですけど、11月初旬からまた感情がうまくいかないことが増えてきてしまった。

 

寒くなってきたからかもしれないし、年末にかかるにつれて仕事量が増えてきたからかもしれないし、その他いろいろな原因があるのかもしれないけど骨折とか捻挫みたいに原因がはっきりわかるものじゃないから、全部憶測でしかなくて全部あたってるかもしれないし全部外れているかもしれない。

 

10月に日記を更新し忘れた。しわすれたというか、途中まで書いて嫌になっちゃってそのまま。日記を書く時って大体憂鬱なこと書いてるけど、そりゃ楽しいこともあるからそれを書こうと思ってたのに、全部が嘘みたいな気持ちになってきて、いや、たのしいことも嬉しいことも確かにあるんだけど、でもなんかも~!や!になって消しちゃった。あーあ。

 

12月になると一年の振り返りをしてる人たちがいて、本当にすごいと思う。全然できない。

 

12カ月も前のことを覚えてない。生活は全部地続きで、長期休みもなくなったこの人生で区切りはずっとあいまいで、先月のこともわからなくて、まぁそれでもそのくらいなら絞り出せば思い出せるから、二カ月に一回の日記を書くのでいっぱいいっぱいだとおもう。

1日は長くて、渦中の一週間は長くて、振り返る一週間は短くて、過ごす一ヶ月も短い。へんなの。時間は平等に過ぎるけど、すぎてるけど平等じゃない気がする。なんかそういうことを言ってる本を読んだことがあるけどあんまり覚えてない。

 

生活が地続きで平坦でめりはりがない。

でも年を越したところでそれは地続きの日常でしかないのはわかってて、なんならエクセルで日付をいれるときに2024年12月分なのに勝手に入るのは2025年12月とかになってイライラするだろうことも目に見えてて…休みになっても仕事のこと考えてる!考えるのをやめたい。

 

会社と家にしか生活がない。家の大掃除なんてなんにもしてない。1月中には綺麗にしたいな、思うだけかもしれない。

 

人生の頑張れなさをサバ番を見てアイドルになるために頑張ってる若い子に託して私は画面の向こうで頑張れ〜と思ってるだけでばかみたいだ。

 

あのね来年はTOEIC750点取れるように頑張って勉強します。ここに書いたから、がんばらなくちゃ。それで今の会社から脱出します。がんばるぞ。

 

がんばる、何が変わるわけでもないのに新年っておもうと心機一転がんばるぞ!みたいな気持ちになるの単純すぎるとおもう。でもこの自分の単純さに乗っかってがんばらなきゃ。じゃないと一生がんばれないかも。